脳内エリスロポエチン誘導に及ぼす麻酔薬の影響について

エリスロポエチンは腎由来の赤血球産生促進ホルモンとして知られていますが、 脳とくにアストロサイトからも産生されることがわかっています。我々のグル ープでは、このエリスロポエチン誘導に麻酔(薬)が与える影響について研究 しています。

低酸素によるEPO 誘導に対する麻酔薬の効果(文献1 より引用・改変)

マウスを低酸素(10%酸素濃度、3時間) 環境においた場合のEPO mRNA を半定 量的PCR にて検討した。低酸素暴露によ りマウス脳内EPO mRNA は、コントロー ルと比較して有意に上昇し、同時にイソフ ルランを投与すると、濃度依存的に誘導が 抑制された。

このような脳内エリスロポエチンの誘導抑制は、イソフルランのみならず、セ ボフルラン、ハロタン、プロポフォール、ペントバルビタール、ケタミン、亜 酸化窒素でも確認されました。脳内エリスロポエチンは、アストロサイトから 主として産生されますが、このような麻酔薬の効果は、アストロサイトの初代 培養を使用した実験系でも確認されたことから、この知見は、各種麻酔薬がグ リア細胞とくにアストロサイトに共通した作用を有することを示唆するものと 考えられます。

また、これらの結果をふまえて現在以下のような課題を研究しています。

①麻酔薬がこのような作用をしめすメカニズムは何か? エリスロポエチンは転写因子であるhypoxia-inducible factor (HIF)により制御 されていることが知られていますが、麻酔薬はこのHIF の活性を抑制する可能 性があると考えられます。では、どのような機構でその活性を抑制するのか? また、エリスロポエチン以外に影響をうけるものはないか?について現在研究 中です。

② 麻酔薬のエリスロポエチン誘導抑制が及ぼす臨床的影響について 近年発達期の脳における麻酔薬の神経毒性について数多くの報告が行われてい ます。脳内エリスロポエチンは、そのノックアウトマウスにおいて脳発生の抑 制をきたすことから、中枢神経系の正常な発生に重要であると考えられており、 我々の報告した麻酔薬によるエリスロポエチン抑制は、麻酔薬の神経毒性に関 与している可能性があります。また脳梗塞、脳虚血の際にもエリスロポエチン 誘導が神経保護に作用すると報告されており、脳手術、心臓大血管手術など、 脳が虚血、低酸素となる危険性がある場合には、麻酔薬の影響が臨床的に重要 なものになる可能性があると思われます。現在、これら麻酔薬によるエリスロ ポエチン誘導抑制を介した臨床的影響について研究中です。

(田中具治)

参考文献

1. General anesthetics inhibit erythropoietin induction under hypoxic conditions in the mouse brain. Tanaka T, Kai S, Koyama T, Daijo H, Adachi T, Fukuda K, Hirota K. PLoS ONE. 6, e29378 (2011).

2. 低酸素誘導性因子と神経系細胞 田中具治、広田喜一、Anesthesia 21 Century Vol.15 No.1-45 2013(2913)

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