脳内サイトカイン誘導に及ぼす麻酔薬の影響について

敗血症によって全身に炎症反応が引き起こされると、この一環として脳内にも炎症反応が発生し、発熱、食思不振や無気力といった行動の変化、視床下部/
下垂体/副腎軸を介するストレスホルモンの分泌といった一連の反応が開始されます。脳における炎症反応は、急性期には、炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、
TNF-α)の産生により開始されますが、これらサイトカインは主としてマイクログリアやアストロサイトといったグリア細胞によって産生されることが報告されています。
我々のグループは、マウス由来初代培養グリア細胞において、全身麻酔薬(イソフルラン、プロポフォール、バルビタール、ミダゾラム、ケタミン)が共通して、リポ多糖(Lipopolysaccharide, LPS)刺激下での炎症性サイトカイン、
特に IL-1βの誘導を、転写レベルにおいて濃度依存的に抑制することを見いだしました(日本麻酔科学会第 59 回学術集会にて報告し最優秀演題を獲得)。

初代培養グリア細胞における LPS による IL-1β誘導に対する麻酔薬の効果(文献 1 より引用・改変)

 

細胞を低酸素(1%酸素濃度、4時間)環境においた場合の IL-1β mRNA を半定量的 PCR にて検討した。LPS 投与により IL-1βmRNA は、コントロールと比較して有意に上昇し、同時に イソフルラン、プロポフォールを投与すると、濃度依存的に誘導が抑制された。

これまで、全身麻酔薬のグリア細胞に対する作用については、まだ不明な点が多いのですが、我々が見いだした多数の全身麻酔薬による IL-1β誘導の抑制は、全身麻酔薬がグリア細胞への共通した作用を有することを示唆するものであり、 その機序について研究することで、全身麻酔薬の作用の新たな一面を明らかにできるのではないかと考えています。
また、臨床的には、近年、敗血症患者が相対的副腎不全を併発し、その程度が 予後に影響するとの報告がなされています。一方、基礎医学的には、敗血症モ デルマウスを用いた実験において、脳内 IL-1β誘導が抑制されると副腎からの グルココルチコイド産生が激減することが報告されており、脳内 IL-1βの誘導 は、敗血症時の副腎の反応に大きく影響しうると考えられます。重症敗血症患 者には、しばしば麻酔・鎮静薬の投与が必要となりますが、麻酔薬が脳内 IL-1 β誘導を抑制する場合、これが視床下部/下垂体/副腎軸の反応を抑制して、 患者の予後に影響する可能性があると考えられます。より適切な麻酔・鎮静薬 の投与量、投与方法の決定のために我々の研究が理論的根拠を与えうると考え て、研究をおこなっています。

文責:田中具治

参考文献

1. Tanaka, T., Kai, S., Matsuyama, T., Adachi, T., Fukuda, K., Hirota, K.:
General Anesthetics Inhibit LPS-Induced IL-1β Expression in Glial Cells.
PLoS ONE 8(12) (2013).

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