周術期関連事象がヒト血小板に与える影響、およびその作用機序に関する研究
医の倫理委員会承認番号:R0978
1. 研究の背景
1)今まで何がわかっていて、何がわかっていないのか
周術期における血栓塞栓症とりわけ肺塞栓症は注目を浴びている。種々のガイドラインが提唱されているが、エキスパートオピニオンの域を出ていないのが現状であり、臨床医にとって決して使用しやすいガイドラインではない。周術期関連薬剤や手術による血小板機能への影響に関する報告は散見されるが、周術期に使用される薬剤や手術関連事象のごく一部に対する報告にすぎない。
周術期における血栓および止血機構の問題を取り上げる場合、周術期関連薬剤や手術関連事象による血小板機能への影響は避けて通れない問題である。しかし、周術期に投与される薬剤および手術によるストレスにより惹起される高血糖やサイトカインなど種々の因子により血小板機能がどのような影響を受けるのかなどについては不明な点も多い。そこで、周術期におけるこのような因子が血小板に与える影響を解明し周術期の安全管理の一助としたい。
2. 研究の目的・意義
1)何を明らかにしようとするのか
周術期使用薬剤(麻酔薬デクスメデトミジン、プロポフォール、ミダゾラム、セボフルラン、デスフルラン、筋弛緩剤ロクロニウム、ベクロニウム、筋弛緩拮抗剤スガマデクス、麻薬性鎮痛剤フェンタニル、レミフェンタニルなど)、および手術関連事象(手術ストレスにより惹起される高血糖、高サイトカイン血症、温度、体位・術操作などが与える血流の変化など)が血小板機能に与える影響を評価する。
2)医学的・社会的意義は何か
近年血栓塞栓症の問題が注目を集めるようになったのに伴い、周術期にも抗血小板薬や抗凝固薬を投与される症例が増えた。しかし、術中の出血コントロールに対する影響もあり、抗血栓薬投与を続行するのか中止するのかという議論は尽きない。いくつかの学会から血栓予防のためのガイドラインも提唱されているが、エビデンスに乏しく、臨床医に適切な判断基準を与えられるものではない。
第8回ACCP(American College of Chest Physicians 2008年)では、術後静脈血栓症は内科的合併症および入院期間を延長させる原因の第二位に挙げられ、高額の医療費がかかる第三位の合併症とされる。主疾病そのものが重篤で避けられない死もあるが、手術がうまくいっても、肺塞栓による突然死などで本来亡くなるべきでない患者さんが命を落とす事例は、社会的にも医療経済的にも重大な問題である。
麻酔薬をはじめとする様々な薬物の投与や手術関連事象が血小板に与える影響やそのメカニズムの解明はいまだ不十分である。本研究により、周術期使用薬剤および高血糖など手術に関連した事象が血小板に与える影響を解明することにより、周術期にどのような条件で血小板機能がどのように変化するか予測する事が可能となり、周術期における血栓塞栓症の発生メカニズムの一部が解明できる事が期待できる。この知見に基づき、血小板機能を理想的状態に管理できる方法を科学的に探る事が可能となり、術後血栓塞栓症の抑制に貢献できる。本研究が基盤となり術後の血栓塞栓症予防方法が確立することは、医学的・社会的・医療経済的意義が大きい。
文責:川本修司